サイバー攻撃で給与システムが止まったら給与はどうなるか|支給日までに人事が決める4つのこと

サイバー攻撃で給与システムが止まったら給与はどうなるか 転職ノウハウ

給与システムが止まっても、支給日は動きません。労働基準法には、天災事変やシステム障害を理由に賃金の支払義務を減免する規定が無いからです。だから人事の仕事は「復旧を待つ」ではなく、「どのデータで、いくら払うかを支給日までに決める」になります。

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ランサムウェアの被害が報じられるとき、話題になるのは生産と物流です。ただ社内で最初に期限が来るのは、たいてい給与です。生産は止まれば止まったままにできますが、給与は締め日と支給日が就業規則で決まっていて、復旧の見込みとは関係なく日付だけが進みます。

この記事では、給与にかかわるシステムが止まったときに何がどの順番で詰まるのか、そして支給日までに人事が決めなければならないことを整理します。個別の事案の話ではなく、人事システムの構造と法令から導ける範囲に限って書きます。

止まるのは「給与計算」だけではない

給与が出るまでには、少なくとも4つの層が関わっています。どれが止まったかで、詰まる場所も代替のしやすさも変わります。

止まった層 先に詰まるもの 代替のしやすさ
勤怠 残業時間と欠勤の確定 比較的しやすい(紙・表計算で集められる)
人事マスタ 異動・昇給・扶養情報の反映 しやすい(前月時点で凍結すれば動く)
給与計算 課税・社会保険料・所得税の算出 人数次第。数百人を超えると手計算は現実的でない
振込データの作成・送信 口座と金額の突合、金融機関への提出 いちばん難しい

替えが利かないのは、振込データ

従業員の口座情報は、人事マスタか給与システムの中にしか無いことがほとんどです。紙の届出は原本があっても、全社員分を打ち直せる量ではありません。金額が決まっても、口座の一覧が取り出せなければ払えません。ここが復旧計画の中でいちばん先に確認すべき場所です。

実質の期限は支給日ではなく、銀行へのデータ送信日

総合振込は当日に間に合いません。金融機関ごとに数営業日前の締めがあり、件数が多い企業ほど余裕を持って送ることになります。支給日が25日なら、実際の期限は20日前後まで前倒しされます。

つまり「復旧を待つのか、暫定で払うのか」という判断は、支給日の1週間前には終わっている必要があります。支給日の前日に決めればよい話ではありません。復旧の見通しが立たない段階で決断を迫られる、という点がこの問題をむずかしくしています。

法律は「システムが止まったから」を理由にしていない

労働基準法24条は、賃金を通貨で、直接労働者に、その全額を、毎月1回以上、一定の期日を定めて支払うことを求めています。ここに例外を作る規定はありません。

厚生労働省は震災時のQ&Aで、事業場の倒壊や金融機関の機能停止が起きた場合について、労働基準法には天災事変などの理由による賃金支払義務の減免に関する規定はないと明示しています。地震で建物が倒れても支払義務は消えない、という整理です。システム障害はこれよりさらに弱い事情なので、同じ枠組みで考えることになります。

25条の非常時払いは、会社を助ける規定ではない

労働基準法25条は、出産・疾病・災害などの費用に充てるために労働者が請求した場合、支払期日前であっても既に働いた分の賃金を支払わなければならないと定めています。厚労省は、ここでいう災害には自然災害も含まれるとしています。

読み違えられやすいのですが、これは支払いを前倒しする義務であって、後ろへずらす根拠ではありません。混乱している最中に、平時には無い請求対応が増える方向に働きます。

支給日までに決める4つのこと

実務として決めるべきことは、次の4つに整理できます。

  • 何を正とするか:前月と同額で払うのか、確定している分だけ払うのか
  • 変動部分をどう扱うか:残業手当、欠勤控除、通勤費の精算
  • 例外の人をどうするか:入退社者、休職者、育休からの復帰者、支給額がゼロやマイナスになる人
  • 控除をどうするか:社会保険料、所得税、住民税、財形貯蓄、組合費

後から直せないのは、3つ目だけ

1・2・4は、金額がずれても翌月以降の精算で戻せます。戻せないのは3つ目です。退職者に払いすぎれば回収は交渉になりますし、入社したばかりの人に振り込まれなければ、その人にとっては初任給が来なかったという事実だけが残ります。限られた時間を使う先を1つ選ぶなら、例外の人の洗い出しです。

前月同額で払うと、後ろで効いてくるもの

前月同額払いは、支給日を守るという意味では正解に近い手です。ただし、あとで手当てが必要になるものが複数あります。

効いてくる先 何が起きるか
源泉所得税 課税支給額が実態とずれるため、徴収額も動く
社会保険の随時改定 固定的賃金の変動として扱うべきかの判断が要る
年末調整 年間の支給額を確定させる段階で、差額精算が済んでいる必要がある
住民税の特別徴収 納付額は市区町村から通知された定額なので、ここだけは動かせない
給与支払報告書 翌年1月の提出時点で、精算後の数字になっている必要がある

差額の精算は、翌月か、遅くとも年末調整までに終わらせる形になります。「あとで直す」と決めた時点で、いつまでに直すかも一緒に決めておかないと、年末に一気に来ます。

給与明細は、紙に戻すほうが手順が短い

電子交付には本人の承諾が必要ですが、書面での交付に承諾は要りません。システムが止まっている最中に全員から承諾を取り直すのは現実的でないため、止まったときの明細は紙に戻すほうが早いという結論になりやすいところです。

ただし印刷と封入の手間は、人数に比例して増えます。何人分まで自社で刷れるのかを平時に把握しているかどうかで、当日の選択肢が変わります。

復旧後にいちばん時間を食うのは、差分の突合

システムが戻れば終わり、ではありません。暫定で払った額と、本来払うべきだった額の差を、1人ずつ突き合わせる作業が残ります。控除の過不足、社会保険の届出、勤怠の遡り入力まで含めると、止まっていた期間より復旧後のほうが長くかかることがあります。

この工程は業務量が読みにくく、人事と情報システムのどちらの担当範囲でもない場所に落ちがちです。誰が引き取るのかを決めずに復旧を迎えると、そこで止まります。

平時に決めておけることは3つしかない

  • 口座と支給額を、システムの外でどう持つか。バックアップが同じネットワークにあるなら、無いのと同じです
  • 「暫定で払う」を誰が決裁するか。金額が確定していない支払いを承認する人を、平時に決めておく
  • 金融機関への提出手段の代替。電子から書面に切り替えられるか、そのとき何が必要かを確認しておく

逆に言うと、平時に決められるのはこの3つくらいです。残りは起きてから決めるしかありません。だからこそ、決める人と決める順番だけは先に置いておく価値があります。

よくある質問

システム障害を理由に給与の支払いを遅らせることはできますか

労働基準法には、天災事変などの理由で賃金の支払義務を減免する規定がありません。厚生労働省も震災時のQ&Aで同じ整理を示しています。システム障害はこれよりさらに弱い事情なので、支払期日を後ろへずらす根拠にはなりません。

前月と同じ金額で払っても問題ありませんか

支給日を守るという点では現実的な手です。ただし過払いになった分の精算方法と、その期限を同時に決めておく必要があります。また控除しすぎた社会保険料や所得税も精算の対象になるため、支給額だけを見て決めると後で足りなくなります。

支給日が休日にあたる場合、後ろにずらせますか

就業規則で前営業日に繰り上げると定めておくことは、一定期日払いの原則に反しないとされています。一方で、その都度の判断で後ろへずらす運用は一定期日払いに反します。障害を理由に後ろへずらすことも同じ扱いになります。

給与明細を出せない場合はどうなりますか

所得税法上、支払明細書の交付は必要です。電子交付には本人の承諾が要りますが、書面での交付に承諾は要りません。システムが止まっている間は、書面に切り替えるほうが手順としては短くなります。

サイバー攻撃を受けたことを従業員に説明する必要はありますか

説明の要否は事案の性質と個人データの扱いによって変わるため、一律には言えません。ただし給与の支給方法が普段と変わる場合、その事実と精算の予定は伝えないと問い合わせが人事に集中します。何を伝えるかとは別に、いつ伝えるかを決めておくほうが実務上は効きます。

まとめ:復旧の見通しより先に、支払いの期限が来る

  • 止まる層は4つある。いちばん替えが利かないのは振込データ
  • 実質の期限は支給日ではなく、銀行へのデータ送信日
  • 労働基準法に支払義務を減免する規定は無い。25条の非常時払いはむしろ前倒しの義務
  • 決めるのは4つ。後から直せないのは例外の人の扱いだけ
  • 平時に決められるのは、データの持ち方・決裁者・提出手段の代替の3つ

人事システムは、動いているあいだは誰の関心も引きません。止まったときに初めて、どの工程が誰の担当だったのかが見えます。その視界は、システムの外からは手に入らないものです。

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SIerでSAPの人事システム開発に携わったあと、外資系コンサルでSuccessFactorsの導入コンサルタント、大手エネルギー会社の人事として制度統合とシステム統合のPMO・PM、経営統合による転籍を経験。その後、大手企業の情報システム部門で50億円規模の人事システム刷新プロジェクトのPMを務め、現在は大手電機メーカーでスキルベース人材管理の浸透を担当しています。人事として採用や制度を作る側にいた経験と、自身の5回の転職で応募する側にいた経験の両方から、転職市場で実際に何が起きているかを書いています。

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